- 高ストレス者の面接指導は労働者の申し出があって初めて実施する義務が生じる(労安衛法第66条の10)
- 申し出がない場合でも、企業には勧奨の努力義務がある
- 勧奨は1〜2回程度にとどめ、強引に申し出を求めない
- 勧奨・代替支援の記録を残すことが安全配慮義務の証拠になる
- 高ストレス判定を本人の同意なく上司・人事に伝えることはプライバシー侵害
はじめに:「面談を申し出ない高ストレス者」が増えている理由
ストレスチェック制度を運用していると、避けられない課題に直面します。高ストレス判定が出たにもかかわらず、産業医への面接指導を申し出ない従業員への対応です。
厚生労働省の調査によれば、高ストレス者判定を受けた従業員のうち、実際に面接指導を受けるのは全体の1割程度にとどまる事業場も少なくありません。申し出がない主な理由としては「会社に知られたくない」「忙しくて時間が取れない」「面談しても変わらないと思っている」「プライバシーが心配」などが挙げられます。
では、従業員が申し出ない場合、企業はどこまで対応すれば法的義務を果たしたことになるのでしょうか。この記事では、法的根拠から具体的な実務手順まで整理して解説します。
法的根拠の整理:企業の義務と限界
面接指導は「申出があったときに」実施する義務
労働安全衛生法第66条の10では、「事業者は、前項の申出をした労働者に対し、厚生労働省令で定めるところにより、医師による面接指導を行わなければならない」と定めています。つまり、面接指導の実施義務が生じるのは、あくまで従業員から申し出があった場合です。申し出がなければ、事業者に強制的に面接指導を実施する義務はありません。
ただし「勧奨」は企業の重要な責務
申し出がない場合でも、企業には面接指導の申し出を「勧奨」する努力義務があります。厚生労働省のストレスチェック実施マニュアルでは、事業者は高ストレス者と選定された労働者に対し、面接指導の申し出を行いやすい環境の整備と積極的な勧奨を行うことが求められています。勧奨を怠った場合、後に精神疾患や休職・退職が発生した際の安全配慮義務違反につながる可能性があります。
不利益取扱いの禁止と申し出を促す環境整備
法律は「面接指導の申し出をしたことを理由とする不利益な取扱い」を禁止しています(労安衛法第66条の10)。従業員が申し出をためらう背景には「申し出たら評価が下がるかもしれない」という不安があります。このことを踏まえ、面接指導の機密性と不利益取扱い禁止を繰り返し周知することが、申し出率を高める土台となります。
高ストレス者への勧奨:3段階のアプローチ
第1段階:結果通知と申し出方法の案内(全高ストレス者への共通対応)
ストレスチェックの結果通知時点で、以下の内容を必ず伝えます。
- 高ストレス判定である旨とその意味
- 面接指導の申し出方法(窓口・連絡先・申し出期限)
- 面接指導の内容はプライバシーとして保護されること
- 申し出によって不利益な取扱いをしないこと
- 申し出は任意であること(強制ではないこと)
通知は書面または安全なシステムを通じて本人のみに送付します。上司や人事が結果を直接閲覧できる状況は避けてください。
第2段階:個別の勧奨(申し出がない高ストレス者への追加対応)
結果通知から一定期間(2〜4週間が目安)経過しても申し出がない高ストレス者に対しては、個別に勧奨を行います。方法としては以下が考えられます。
- 文書・メールでの再案内:「面接指導はいつでも申し出ができます。お気軽にご連絡ください」という内容の通知を送付
- 実施者(産業医・保健師)からの連絡:人事からではなく、守秘義務を持つ産業医や保健師から「最近お体の調子はいかがですか?」という形でコンタクトを取る
- 相談窓口の案内:面接指導に限らず、気軽に相談できる産業保健スタッフへの連絡先を再度案内する
勧奨はあくまで「申し出やすい環境を整える」ものであり、申し出るよう強く求めることは適切ではありません。
第3段階:代替的なサポートの提供
面接指導の申し出がない場合でも、企業は従業員の健康を支援するための代替的な手段を提供することが望ましいとされています。
- EAP(従業員支援プログラム)の活用:外部のカウンセリングサービスを案内し、会社に知られずに相談できる場を提供する
- 健康相談窓口の設置:産業保健師や相談員が対応する窓口を設け、利用を促す
- 上司への個別対応指示(要注意):高ストレス者であることを上司に伝える場合は、本人の同意が必要です。無断で伝えることはプライバシー侵害になります
「勧奨しても申し出ない」場合の記録管理
最終的に申し出がなかった場合でも、企業が義務を果たした証拠として以下を記録・保管することが重要です。
- 結果通知の送付記録(送付日・方法・対象者)
- 勧奨を行った記録(勧奨日・方法・対象者・内容)
- 本人が申し出をしなかった事実の記録(強制しない旨も含む)
- 代替支援(相談窓口案内等)を行った記録
これらの記録は、万一後に精神疾患や労災問題が発生した場合に、企業が安全配慮義務を果たしていたことを示す証拠となります。記録は5年間の保管が推奨されます(厚生労働省ストレスチェック実施マニュアル参照)。
注意点:してはいけない対応
高ストレス者であることを本人の同意なしに上司や人事に共有する
ストレスチェック結果(高ストレス判定かどうかを含む)は個人情報です。本人の同意なく上司・人事部・経営者に開示することは、個人情報保護法違反およびプライバシー侵害になります。
申し出ないことを理由に不利益な扱いをする
「面接指導を受けないから異動させる」「評価を下げる」といった対応は明確な法律違反です。
複数回の強引な勧奨で心理的プレッシャーをかける
「なぜ受けないのか」「申し出てください」と繰り返し求めることは、従業員にとってかえってストレスになります。勧奨は1〜2回程度、あくまで「申し出しやすい環境を整える」姿勢で行ってください。
申し出率を高める環境整備のポイント
1. 実施者(産業医・保健師)を従業員に「見える化」する
産業医や保健師が「どんな人か」「どんな相談に乗ってくれるのか」が従業員に伝わっていないと、申し出のハードルが下がりません。社内ポータルへの顔写真・プロフィール掲載や、定期的な職場巡視で顔を覚えてもらうことが有効です。
2. 申し出から面接まで「スピーディー」にする
申し出をしてから面接まで時間がかかる(産業医が月1回しか来ない等)と、申し出のモチベーションが下がります。なるべくオンライン面接を活用し、申し出から2週間以内に面接できる体制を整えましょう。
3. 管理職への「ラインケア」教育と切り分け
高ストレス者の申し出を促すうえで管理職の言動は大きく影響します。「残業が多いのは自己管理の問題」といった発言が職場にある場合、申し出率は下がります。管理職向けのラインケア研修で「部下が相談しやすい職場づくり」の重要性を伝えることが、長期的な申し出率向上につながります。
まとめ
高ストレス者が面接指導を申し出ない場合の企業対応をまとめると以下のとおりです。
- 申し出は任意:従業員に面接指導を受ける義務はなく、強制はできない
- 勧奨は重要な責務:申し出がない高ストレス者へのていねいな勧奨が求められる
- 記録を残す:通知・勧奨・代替支援の記録は安全配慮義務の証拠になる
- 代替支援を用意する:EAP・健康相談窓口など面接指導以外の選択肢を提供する
- プライバシーを厳守する:本人の同意なしに高ストレス判定を第三者に伝えない
ストレスチェック制度の目的は「職場環境の改善」と「従業員のメンタルヘルス保護」です。申し出率の数字にとらわれず、従業員が「申し出ても安心」と感じられる職場づくりを継続することが、制度本来の効果を引き出す最善策です。
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